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「愛」と「恋」の語釈を考える

 なにかことばの意味を調べたいとき、みなさんはどの国語辞書を手に取りますか。現在、多くの国語辞典が刊行されています。ご存知かもしれませんが、それぞれの辞書には編纂方針があり、載せられている語や数、また語釈(語の意味説明)もそれぞれ異なります。それぞれで意味がまったく違うということではなく、それぞれの編纂方針に合った視点・観点や書き方で語釈がまとめられています。

 

 たとえば、「精選版 日本国語大辞典」(コトバンク)の語釈を見てみると、「愛」と「恋」は次のように示されています。多くの意味がありますが、ここではいわゆる人に対する感情としての意味のうち、その代表と思われる意味を取り出して示します。

 

  「愛」

  ① 親子、兄弟などが互いにかわいがり、いつくしみあう心。いつくしみ。いとおしみ。

  ⑧ 男女が互いにいとしいと思い合うこと。異性を慕わしく思うこと。恋愛。ラブ。

    また一般に、相手の人格を認識し理解して、いつくしみ慕う感情をいう。

  「恋」

  ② 異性(時には同性)に特別の愛情を感じて思い慕うこと。恋すること。恋愛。恋慕。

 

次に、「デジタル大辞泉」(コトバンク)の語釈も見てみましょう。

 

  「愛」

  1 親子・兄弟などがいつくしみ合う気持ち。また、生あるものをかわいがり大事にする気持ち。

  2(性愛の対象として)特定の人をいとしいと思う心。互いに相手を慕う情。恋。

  「恋」

  1 特定の人に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること。恋愛。

 

同じような意味ではありますが、語釈の示し方が少しずつ異なっていることがわかると思います。いずれにしても、「愛」は「互いに」や「いつくしみ」など、対象を思いやる気持ちが含まれていることがわかります。一方「恋」は、「思い慕う」や「強くひかれる」など、対象へと向かう主体の思いや、主体の心の動きが書かれていますね。このように、意味を調べるときにはいくつかの辞書の語釈を横断的に見ることで、よりその語の意味をしっかりと把握することができるかもしれません。みなさんも手元にある辞書を引いてみてください。

 

 

 ところで、私が授業の一環で辞書の話をするときには、語釈の違いについても触れ、そして学生自身に語釈を考えてもらうようにしています。「愛」と「恋」はその際によく提示するものです。学生に語釈を考えてもらうときには、自分のことばで、経験や考えを反映してもらっています。学生の個性も随所に見られて、とてもおもしろい語釈を考えてくれます(授業で得られた語釈は、津田のHPに「私のことばの辞書 平成27~令和2年度版」として載せています)。

 

 それでは、大学生の考える「愛」と「恋」は辞書の語釈と大きく異なるかというと、そうでもなさそうです。どのような語が語釈で使われやすいかを知るために、大学生が書いた語釈を「AIテキストマイニング」(ユーザーローカル)というツールにかけて、語釈テキストのスコア(単語の「重要度」を表す値)を比較してみました。結果は、品詞によって色分けされ、スコアが高い語ほど文字の大きさも大きく表示されています。

 

テキスト 自動的に生成された説明

「愛」の語釈(スコア順)          「恋」の語釈(スコア順)

 

これをみると、「愛」には「いつくしむ」など相手を思いやる気持ちを表すことばがよく使われているのに対し、「恋」は「ふるえる」などのように主体の心の動きや、「ねがう」など対象への思いが窺えることばが多く使われていることがわかります。ほかにも対比的にとらえられそうな特徴が見られますが、それはみなさん自身でいろいろな辞書記述などを見ながら考えてみてください。

 

 

津田智史(宮城教育大学・准教授)