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いつから「ら抜き言葉」が使われていたのか ―話し言葉と書き言葉―

 「ら抜き言葉」とは、可能の意味を表すときに、「見られる」「受けられる」ではなく「見れる」「受けれる」などと表現することをいいます。受身や可能などを表す助動詞「られる」の「ら」を省くように見えるので、「ら抜き言葉」といわれます(「られる」は助動詞と考えない立場もあります)。

 文化庁による令和二年度(2020)「国語に関する世論調査」(URL:https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/index.html)では、普通使う表現として、「食べられない」が65.2%、「食べれない」が33.4%、「来られます」が46.4%、「来れます」が52.2%などとなっています。「ら抜き言葉」の表現が一般的になってきており、動詞によって「ら抜き言葉」を用いる許容度も変わるようです。

 みなさんはいつから「ら抜き言葉」が使われていたと思いますか。一般的に「ら抜き言葉」は、大正・昭和頃から用いられるようになったといわれています(「ら抜き言葉」が用いられる時期について、詳しくは下注を参照してください)。大学の授業で「ら抜き言葉」を取りあげるとき、実際の例がある方がよいと思って、大正・昭和頃の「ら抜き言葉」の例を文献から探したのですが、驚くべきことにまったく見つかりません。次世代デジタルライブラリー(URL:https://lab.ndl.go.jp/dl/)という国立国会図書館の検索サービスを使って、ようやく見つけたのが以下の例です。

 

・中等国文典例解(1900年、明治33)7ページ

左の口語を文章語に改めよ。

二、恩を受けれるときは必報いるがよい。

国立国会図書館デジタルコレクション(URL:https://dl.ndl.go.jp/pid/864001/1/6

 

 大正・昭和頃から用いられるとされながら、明治時代の「ら抜き言葉」の例が見つかり、さらに驚きました。ここで注目したいのは「ら抜き言葉」が用いられる場面です。『中等国文典例解』は当時の文法の教科書・問題集のような本ですが、「口語を文章語に改めよ」、すなわち「話し言葉を書き言葉に直しなさい」という問題における話し言葉の例に「受けれる」が見られます。その隣には「受けれる」を書き言葉「受くる」に直す旨が、解答として書かれています。

 つまり、普段の会話で「受けれる」と話していても、文章を書くときは「受くる」(今だと「受けられる」)を使い、「ら抜き言葉」の使用を避ける意識があると考えられます。そうであれば、私が文献から「ら抜き言葉」の例を見つけようとしても、なかなか見つからなかったことも頷けます。普段の会話では「ら抜き言葉」を使うのに、文章では使うことを避ける意識は、今も共通するのではないでしょうか。

 

 「ら抜き言葉」の例から、普段の会話で用いる話し言葉と、文章で用いる書き言葉に乖離があるということに気付かされます。一見、話し言葉と書き言葉が分かれることは不便だから一緒にすればよいのに、と思いますが、むしろ私たちは「話し言葉と書き言葉を分けたい」という意識も持っているようなのです。

 例えば論文を読むと、文末に「~である」という表現が一般に見られます。しかし普段の会話では、文末に「~である」という表現がほとんど用いられません。「~である」は書き言葉に特徴的な表現と考えられ、敢えてそのような表現を用いて論文が書かれているのです(話し言葉と書き言葉が分かれる有名な例として、明治時代の言文一致まで文学作品が平安時代の文法(すなわち書き言葉)を用いて書かれることが挙げられます)。

 

 私は普段、平安時代の日本語について研究しています。平安時代の日本語を考えるとき、音声や会話の録音は残っていないので、基本的に当時の文献資料を用いて研究します。過去の日本語を考えるとき、話し言葉と書き言葉が乖離するということに留意しなければなりません。「ら抜き言葉」の例のように、当時の書き言葉の世界で見られないことが、既に当時の話し言葉の世界では起こっている可能性があるからです。

 普段研究をしながら、奈良時代や平安時代の人が一人でも残っていて話を聞くことができればと思わずにはいられません。その一方で、書き言葉主体の限られた文献資料から、当時の日本語を考える(復元する)ことこそ、過去の日本語を研究する面白さだと思います。

 

 

(注)「ら抜き言葉」が大正・昭和頃から用いられたとされる根拠

・田中章夫(1983)『東京語―その成立と展開―』(明治書院)には、松下大三郎『標準日本文法』(1924年)や同時代頃の小説(井伏鱒二、小林多喜二など)の用例から、「ら抜き言葉」が「大正末、関東大震災のあとの山の手ことばに始まった」(307ページ)と指摘し、その要因として関東大震災後の社会変動と人口移動を挙げている。

・鈴木英夫(1994)「「ら」ぬけことば―みれる、おきれる―」(『国文学解釈と鑑賞』第59巻7号)には、「ら抜き言葉」が方言として、「北海道、東北、中部、近畿以西など、かなり広い範囲で、恐らくは明治期辺りから使われていた」(69ページ)と指摘し、小林多喜二や川端康成の小説に「ら抜き言葉」が見られることを示している。

 

鈴木 裕也(信州大学)